2012年09月

我が巨人軍が
独走でペナントを制しました
 
開幕時の貧打に
短気を起した日もありましたが
今となれば
あの頃叱咤した選手達の
たくましいことたくましいこと()
 
 
「監督・原辰徳は、選手・原辰徳を越えた」
そんな記事を見ました
 
 
巨人軍4番打者として
王・長嶋と比較され続けた試練が、
 
晩年
怪我でスタメンを外れる事が多くなった
控え選手としての存在が、
 
選手・原辰徳のたくさんのたくさんの経験が、
監督・原辰徳の原点です
 
 
しばし余韻に浸りながら
 
CS突破へ
 
そして
いざ頂点へ
 
 

「なぜ再会?」
かと言いますと、
 
1965年 日本で開催されたツタンカーメン展、
その当時、私は福岡県在住の子ども(2歳)でした。
 
不思議なことに私の記憶の中では、
過去に『黄金のマスク』を見た強烈な印象がずっと残っており、
「これって前世の記憶?」などと思っていたのですが・・・
 
今年に入ってから
「ツタンカーメン展が47年ぶりに再来日」と聞いた瞬間、
「もしかしたら、私が子どものころツタンカーメン展に行ったことがある?」と、
実家の母に確認をしたところ、
「連れて行ったけど、よく覚えてるわね~」と感心され、
「なんだ、前世の記憶じゃなかったのね」と少しがっかりもし(笑)
 
そして2012年9月22日、
上野の森美術館に行ってきました~
 
 
祝日だったこともあり、予想どおり、すごい人です。
14時半ごろ到着したところ、
16時半~の入場整理券が配られ、
どうやって2時間をつぶすのかを友人と悩みつつ・・・
 
だけど上野っていろんなところがありますね。
 
寛永寺をお参りし、
不忍池周辺をぶらぶら散歩しながら、
 
偶然行きついた、 台東区立下町風俗資料館
 
ここでのんびりと古き良き時代の下町にふれ、
 
そして、16時過ぎにまた上野の森美術館に行き、
さらに入場するまで並び(ディズニーランドか?)、
いざ入館!
 
3300年前のものとは思えないほど、
美しく、
精巧な、
調度品、副葬品、
黄金の秘宝の数々に感動~~
 
ちなみに『黄金のマスク』は展示されていません!
 
(1965年以降、他の国で破損事故があり、
エジプトの現在の法律では、
“黄金のマスクは国外持ち出し禁止”と定めた条文があるらしいです。)
 
広告等に出ているのは『黄金のカノポス』です。
 
それでも、とにかく、一見の価値ありです!!
もう、一生見ることはできないでしょうから。
 
そして、友人と私は自分たちのペースで展示品を見ましたが、
これから行かれるかた、
音声ガイド(500円)を借りることをお勧めします!
 
展示品に記載されている説明だけだと、
説明が足りないと感じたのでご参考までに。
 
 

いよいよ、とうとう、遂に、
 
我がジャイアンツのマジックが「1」となりました
明日、921日に決まると思います
いや、きっと決めます!
 
 
独走のペナントレースでしたが
シーズン当初は最下位に転落した事もありました
 
試練から始まった戦いに
リーダー原辰徳は
時に「非情采配」と論評されながら
勝利へのあくなき執念へ
勝利への貪欲さへ
タクトを振るい続けました
 
 
何はともあれ
明日1800より
ジャイアンツのユニフォームを身にまとい
オレンジのタオルを首に巻き
デスク横のラジオに耳を傾け
仕事もしつつ…()
 
我が88番「歓喜の舞」を見届けます
 
くっ~
楽しみ~
 
 

ジャイアンツのマジックが「12」(910日現在)となりました。
 
99日の試合は、5番村田に代打・高橋由伸を送り、
その由伸のタイムリー2塁打にて引き分けに持ち込みました。
 
10日朝の各紙は、「非情采配」との記事もあり、
村田のプライドは?なんて意見もありました。
あらためて、報道や解説者は勝手なものだなと思います。
 
たとえ2位中日とゲーム差があるとはいえ、
わずかでも中日には逆転優勝の可能性があるのです。
一瞬の油断で大切な試合を落とし、優勝を逃がしたチームを
過去たくさん見てまいりました。
 
プロの世界ではそれが(油断が)一番の大敵です。
特に今の独走状態のジャイアンツにおいて、
「これだけ引き離せば、もう大丈夫だろう」と現場の選手達に思わせる指揮官の余裕に
その「一瞬のスキ」が生まれるのだろうと私は思います。
 
得点圏打率の低い村田に、
温情や本人への配慮だけでチャンスに打席に向かわせる監督がいるとしたら、
それは、選手に好かれるだけの監督になってしまうのではないでしょうか。
 
ヤクルト小川監督は、
「石川に申し訳ないことをした。村田に代打がくるとは思っていなかった。
結果的に、向こうの策にはまってしまった」と悔やんでいたそうです。
 
原監督自身、現役時代に悔しい思いをたくさん経験しました。
代打・長嶋一茂を送られた事も…
あれは理に適っていないと、今でも思いますが(苦笑)
 
主力打者への配慮という重要性も充分理解しながら
勝ちに徹する-
 
原監督は一瞬のスキさえ見せず、
 
我がジャイアンツ歓喜の瞬間まであと少し。
 
 
株式会社エイディエスコーポレーション
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